技を用いたポケモンの系統分類 Phylogenetic Classification of Pokemon by Using Their Moves
ご挨拶(Greetings)
こんにちは。線虫亭線虫(以下、「著者」)と申します。ブログを書くのは初めてですので至らぬ点が多いかとは思いますが、ご容赦願います。
この記事では、ポケモンをマシン技(技マシンにより覚えることができる技)を用いて系統分類する試みとその結果、考察が書かれています。
以下常体。
- ご挨拶(Greetings)
- 導入(Introduction)
- 手法(Method)
- 結果及び考察(Results and Discussion)
- 補足資料(Supplementary Figures and Table)
- 謝辞(Acknowledgement)
- 参考文献(Reference)
- 追記(Postscript)
導入(Introduction)
「ポケットモンスター」(以下、縮めて「ポケモン」)は今や世界的に有名なゲーム作品のシリーズであり、同時にゲーム内に登場する一群のキャラクターの総称である。ポケモンに対する向き合い方やコンテンツとしての楽しみ方は様々だが、その一つとして、「考察する」ことが挙げられる。今回はポケモンを生物として捉え、その進化について、系統分類学の手法を用いて考察する。
まず、「進化」という言葉について整理し、ポケモンには2種類の「進化」が起きうることを述べる。ポケモンにおいて一般に言及される『進化』とは「同じ個体が、レベルや特定の条件で姿形を変えること」(Nishimu,2015)である。『進化』をすることによって同じ個体でも種族が変わる。これは現在の生物学で用いられる進化の定義とは異なるため、ここでは「同じ個体が、レベルや特定の条件で姿形を変えること」を『進化』とし、現在の生物学において用いられる方の進化(ダーウィンが「変化を伴う継承」と表現したもの)と区別する。ポケモンに進化が起こるためには親から子へと伝わる因子がポケモンに備わっている必要があるが、ポケモンが遺伝子をもつことを示唆する記述は図鑑や公式サイトにもあり、従ってポケモンは進化の必要条件を一つ満たしていると考えられる。また、個体毎に決定される個体値の存在やビビヨンの翅の模様の地域変異、一部のポケモンに見られる性的二型は個体間や地域間、性別間についての種内変異の産物であり、進化において重要な要素である変異がポケモンにも起こることを示している。これらのことを考えれば、ポケモンにおいて進化は起きうるものであり、ポケモンの進化を考えることは有意義であると言える。同種のポケモンが別々の地方の環境に適応した結果とされ、容姿のみならずタイプや特性、種族値、習得技、『進化』先さえも地方間で異なる「リージョンフォーム」の存在やそれに関する記述は、生息環境がポケモンの変化に大きな影響を与えることを強く示唆しており、自然選択によるポケモンの種分化(つまり、ある種の進化)の過程が現に進行していることの興味深い例であると考えられる。
ポケモンの進化を考察する方法の一つとして、ポケモンを「分類する」ことが挙げられる。ポケモンの進化を考察するために分類をするのであれば、その分類が進化の流れ(あるいは進化の系統)を反映したものであることが望ましい。従って、次にどのような分類方法がポケモンの進化を考察する上でより良いかを考える。最も良い方法はポケモンの遺伝物質を直接調べることだろうが、ポケモンの遺伝物質について公式に明確な言及はないため、形質による分類をする他ないと考えられる。形質を用いてポケモンを分類するやり方は大きく分けて以下の3つがあるだろう:A. 図鑑の『分類』の項目による分類、B. 外部形態による分類、C. タマゴグループや特性、タイプ、種族値といったポケモンのそれぞれの種族に固有の性質を利用する分類。これらの3つの分類の仕方について先行研究への言及を交えて述べる。
A. ポケモン図鑑の『分類』の項目による分類
ポケモンが公式に「分類」という言葉を用いている場面の一つがこの項目だが、この項目によるポケモンの分類は著者が調べる限り試みられていない。ポケモンの『分類』はそれぞれのポケモンの外部形態や性質などの要素から一つを取り上げて命名する形式をとっているが、要素の取り上げ方の妥当性には疑問が残る。例えば、ヘラクロスの『分類』は「1ぽんヅノポケモン」であって「かぶとむしポケモン」ではないがカイロスやクワガノンの『分類』は「くわがたポケモン」であって「2ほんヅノポケモン(あるいは、2ほんアゴポケモン)」ではない、同じバリヤードであってもガラルの姿のものは「ダンスポケモン」に『分類』される一方でそれ以外のバリヤードは「バリアーポケモン」に『分類』される、というように取り上げる要素についての統一性が無い場合がしばしばある。取り上げる要素についての統一性がある程度保証されていなければ、『分類』は『分類』をする者の主観に大きく依存してしまうこととなる。従って、『分類』による分類は、『分類』そのものが分類の上で客観的な指標として機能しない可能性があるため難しい。
B. 外部形態による分類
ポケモンの分類方法として外部形態を用いる分類はこれまでしばしば行われてきた。Albertonykus(2017)は「サン・ムーン」までに登場したポケモンについて、それらを実在する生物の系統関係及び公式設定に基づいて「Rock」「Dragon」「Legendary birds」などに分類し系統樹を構築した。「ソード・シールド」までに登場したポケモンについてはたかさおじさん(2020)がポケモンのモチーフに基づく分類を行っており、実在する生物のグループに加えて「ニューエイジ」「擬人化」などといったグループを設けて分類している。外部形態による(系統)分類の際にポケモンのモチーフに対応する実在する生物の分類体系を基にすることは、分類に際して明確な基準を与えられるため有用であると考えられる。しかし、とりわけポケモン間の系統関係を推定する場合においては、実在する生物の系統関係はポケモンの系統関係を反映しているとは限らない(Nishimu,2015)。また、実在する生物の分類体系を基にしない場合、分類に際してどの形質を重視すれば良いかの基準が分類する者の主観に依存することとなり、客観性を十分に保証できないと考えられる。
C. タマゴグループなど種族に固有の性質を利用する分類
ポケモンはゲーム内で種族毎に様々な設定が為されている。公式に明確な言及が無いものも一部存在するものの、分類する際に用いる形質の候補となりうる。Yasuda(2019)は近隣結合法を用いて909種類のポケモンを種族値について階層クラスタリングした。ミケロ(2004)はポケモンをタマゴグループの組み合わせを用いて分類し、それぞれのグループについて実在の生物との関係に関する仮説を立てた。タイプはポケモンが公式に「分類」という言葉を用いて説明している項目の一つだが、これによる分類は著者が調べる限り試みられていない。Nishimu(2015)はタイプ、特性、タマゴグループによる分類はそれぞれ組み合わせが小さすぎると指摘している。また、タイプや特性については特に、ポケモンが技を使用したり(例:「ミラータイプ」、「もりののろい」、「なやみのタネ」は自身や相手のタイプあるいは特性を変える技である)、特性の効果を受けたり(例:「へんげんじざい」、「てんきや」、「ミイラ」は自身や相手のタイプあるいは特性を変える特性である)することによる変化があるため、分類する際の項目として使用するのは適切ではないと考えられる。ポケモンが覚える技による分類はNishimu(2015)によって行われ、「赤・緑」に登場するポケモンが覚える技に対し最大節約法を用いることで系統樹が描かれた。
以上に述べた分類の仕方の中から、ポケモンの進化の系統をできる限り反映した系統樹を作成できるものを採択する。上述の理由からA.及びB.によって分類を行うことは適切ではないだろう。C.において検討されている要素の中で、特にポケモンが覚える技についての分類は効果的であると考えられる。その理由は以下の通り:1.技の性質(タイプ、威力、命中率など)がその技を使う種族に依らず一意に定まるので、多種多様なポケモン全てに共通する形質として扱うことができる、2.1.に述べた共通性がありながら、特定の技を覚えるかどうかについて種族間で異なるため、種族間の多様性の指標としても用いることができる、3.タマゴグループの組み合わせのパターンやタイプの組み合わせのパターンに比べ、覚える技の組み合わせパターンは遥かに多いため詳細な分類を可能にする、4.技は遺伝する形質であると同時に個体間の差をもたらす形質でもある。ここで4.について補足する。ポケモンはタマゴから孵化する際にその親が覚えている技のいくつか(一般に「遺伝技」と呼ばれる)を覚えているが、遺伝技を覚えていない親が持ってきたタマゴから孵化するポケモンは遺伝技を覚えていない(成長しても勝手に習得することもない)。このため、同じ種族でも親が遺伝技を覚えているかどうかで個体によって覚えている技に差が生じるのである(これに対し、種族値などの他の形質は種族に固有である一方で個体間の差はない)。このように、技は系統分類を行う上で扱いやすく、ポケモンの進化を考察する上で重要な特徴を持つ形質であると言える。特に、技マシンで覚えることができる技(以下、「マシン技」)は、技マシンを使用する段階においてポケモンがその技を覚えるかどうかの明確な記述がゲーム内でなされることから、あるポケモンが確実に覚える(あるいは覚えない)技であると考えることが可能である。このため、マシン技はデータの正確さが問われる系統分類に適した性質を持つと言える。
ポケモンの進化の系統をできる限り反映した系統樹を作成するに当たって、形質による闇雲な分類は収斂進化を反映できないという問題を考える必要がある。ポケモンの技もその例外ではないだろう。この問題をできる限り解決するために、作成された系統樹について技以外の収斂が起きにくい形質を頼りに評価する必要がある。この際用いる形質として、タマゴグループが適当であると考えられる。ポケモンがタマゴによって生殖する際に互いのタマゴグループが一致している必要があるという事実は、ポケモンの生殖においてタマゴグループが非常に重要であることを示唆している。種分化の過程が生殖的隔離によって進行するものであることを考えると、生殖可能性に直結する形質が異種間で収斂することは生殖的隔離(あるいは種分化そのもの)に対する逆行であり、考えにくい。従って、タマゴグループは分化することこそあれ収斂することはないという仮定の下で、マシン技によって構築された系統樹をタマゴグループによって評価することにはある程度の合理性があると考えられる。
ポケモンの進化を考察する上で、共通祖先についても考える必要がある。ミュウは公式に「ポケモンの先祖と考える学者がたくさんいる」(ポケモンだいすきクラブ)と明言されている。また、アルセウスはシンオウ神話では宇宙の創造神であると語られている。しかし、これらのポケモンについては研究途上であり、結論に至っていないこともまた公式に名言されている。従って、これらのポケモンを共通祖先と断定して系統樹を構築するのは早計であると言える。系統樹を構築する時、共通祖先の候補として次のような特徴を持つポケモンが挙げられる:A.全てのマシン技を習得できるポケモン、B.どのマシン技も習得できないポケモン。A.の場合、構築された系統樹の背景にある進化の流れは主に「不要な技を喪失しながら環境に適応していく」流れであると考えられる。一方B.の場合、系統樹の背景にある進化の流れは主に「有用な技を獲得しながら環境に適応していく」流れであると考えられる。実在する生物の系統樹の背景にある進化の流れにはB.の方がより近いが、ポケモンの進化の流れが実在の生物のそれと同様であるという仮定をしない限りA.とB.のどちらがより適切かを決めることはできないと考えられる。従って、共通祖先を決定した系統樹の作成は現状困難であるため、無根系統樹を構築するのが望ましいと言える(逆に言えば、ポケモンの進化の流れについて何らかの仮定をすれば有根系統樹を描くことは可能である)。
以上の事情を踏まえ、今回はマシン技を用いたポケモンの系統分類を行い、無根系統樹、及び仮の有根系統樹を描くことを試みた。
手法(Method)
A. 対象とするポケモン
「赤・緑」から「ウルトラサン・ウルトラムーン」までに登場するポケモンのうち、ウルトラビーストに含まれる種族及び『進化』の余地がある種族(一般に『進化前』と呼ばれる)を除いた426種族を対象とした。ただし、同じ種族であってもリージョンフォームが見られるものはそれぞれの姿を別々にカウントし、ミノマダムについてはそれぞれのミノを別々にカウントしたため、データとしては合計438種類となった。なお、ウルトラビーストは公式にポケモンとして扱われているものの、異世界のポケモンであることが判明しており、ポケモンの進化を考える上でデータに含めることは適切ではないと判断したため、データから除外した。
B. 対象とする技
今回の分類に用いる技は「ウルトラサン・ウルトラムーン」において技マシンに登録されている100種類のマシン技とした。
C. 系統樹作成
まず、RYO(2018)による「第7世代 最終進化一覧」のGoogleスプレッドシートより分類対象となる426種族(438種類)の名前を取り出した。なお、アローラの姿については「[ポケモン名]R」とし、ミノマダムのミノについては「ミノマダム(草)」「ミノマダム(地)」「ミノマダム(鋼)」と表記した。次に、それぞれの種類が覚えるマシン技を「ポケモン徹底攻略」を用いて調べ、覚えない技に0を、覚える技に1を振って「Microsoft Excel(ver.16.35)」で表を作成した(図1)。なお、ロトムはヒートロトムの時にのみ「オーバーヒート」を、トゲキッスは進化前であるトゲチックの時にのみ「スマートホーン」を覚えることができるが、どちらも1を振った。この表を基に、それぞれのポケモンの種類について、技マシン番号の小さい順に0と1を並べた数字の列を作成した。さらにその数字の列の0をG、1をAに置換した文字列を作成した(これらの作業にはExcelの関数を用いた)。この文字列を、解析ソフトで塩基配列を読み込む際に用いられるFASTA形式に書き直し、テキストファイルとして保存した。続いて保存したテキストファイルを分子系統解析ソフト「MEGA7」で読み込み、最大節約法を用いて無根系統樹を作成した。
D. 系統樹分析
作成された無根系統樹に見られるいくつかの単系統群に番号を振って科(Family)とした。なお、Fmailyはそこに含まれるポケモンが40種類を超えないように設定した(一部例外あり)。それぞれのFamilyに対して、以下[]内に定義されるタマゴグループについての「占有率」を求めた。
[N種類のポケモンによって構成されるグループAについて、タマゴグループEをもつ種類の数がNe種類ある時、AにおけるEの占有率=Ne/N]
さらに、マシン技を全く覚えない架空のポケモンを共通祖先と仮定した有根系統樹を上述の無根系統樹から作成し、マシン技ごとに形質の変化が起こった位置を調べ、そのうちFamilyの分化に影響を与えたと考えられるものを有根系統樹内に記した。
結果及び考察(Results and Discussion)
簡略化した無根系統樹を図2、仮の有根系統樹を図3、Family毎の占有率を表1に示した。作成した無根系統樹はFamilyごとに分割し補足図1-17とした。また、分割する前の無根系統樹を入手できるリンクを補足資料の項目に加えた。この無根系統樹に見られる25のFamilyについて、以下にそれぞれの特徴を述べる。
Family1:全5種類。構成するポケモンが覚える技が極端に少ない。タマゴグループも互いに異なっている。
Family2:全7種類。ウルガモスを除いて四足歩行の炎タイプのものからなる。タマゴグループも陸上が7割を占める。ブースターはこのFamilyに含まれる。
Family3:キュウコン及びキュウコンRのみからなる。
Family4:全37種類。草タイプのものが多数を占めるが、一部フェアリータイプが混じる。ナッシーとナッシーRはどちらもこのFamilyに入る。タマゴグループも植物が7割を占める。リーフィアはこのFmailyに含まれる。
Family5:フォレトスとバンバドロのみからなる。タマゴグループは互いに全く異なる。
Family6:全13種類。毒タイプや地面タイプのポケモンを多く含む。特定のタマゴグループが大きく占有しているわけではない。
Family7:カバルドンのみからなる。
Family8:ダグトリオ及びダグトリオRのみからなる。
Family9:ジガルデのみからなる。
Family10:カイロスとヘラクロスのみからなる。
Family11:全26種類。炎タイプとドラゴンタイプのポケモンが多い。ガラガラとガラガラRはどちらもこのFamilyに入る。特定のタマゴグループが大きく占有しているわけではない。
Family12:全11種類。地面タイプと草タイプのポケモンが多い。サンドパンとサンドパンRはどちらもこのFamilyに入る。また、タマゴグループは陸上が5割以上を占める。
Family13:全33種類。伝説のポケモンを除くと全て水タイプまたは氷タイプからなる。タマゴグループは水中1が5割以上を占める。
Family14:全25種類。格闘タイプのものがほとんどで、タマゴグループは人型が5割を占める。
Family15:全31種類。様々なタイプのものから構成されている。ベトベトンとベトベトンRはどちらもこのFamilyに入る。タマゴグループは怪獣及び陸上が4割近くを占めるが、5割を超えるものは無い。
Family16:全33種類。岩タイプや鋼タイプのものが多数含まれる。ゴローニャとゴローニャRはどちらもこのFamilyに入る。タマゴグループは鉱物が4割以上を占める。
Family17:全75種類。水タイプや虫タイプが多く含まれている。構成する種類の数は全てのFamilyの中で最も多い。大雑把に言うと水タイプに対して虫タイプが側系統群を形成する形をとっており、Family17を2つの単系統群に分けるのが難しかったためこのようになっている。タマゴグループは虫と水中1が3割近くを占めるが、4割を超えるものは無い。シャワーズとグレイシアはこのFamilyに含まれる。
Family18:全36種類。飛行タイプのポケモンとエスパータイプのポケモンが多い。タマゴグループは飛行が5割以上を占める。エーフィとニンフィアはこのFamilyに含まれる。
Family19:全27種類。ゴーストタイプや悪タイプのポケモンを多く含む。ペルシアンとペルシアンR、ラッタRはこのFamilyに入る。占有率が4割を超えるタマゴグループは存在しない。ブラッキーはこのFamilyに入る。
Family20:エテボースのみからなる。
Family21:ラッタのみからなる。
Family22:全17種類。電気タイプのポケモンを多く含む。占有率が4割を超えるタマゴグループは存在しない。サンダースはこのFamilyに入る。
Family23:全21種類。電気タイプ(所謂『ピカチュウ枠』)やノーマルタイプのポケモンを多く含む。ライチュウとライチュウRはどちらもこのFamilyに入る。タマゴグループは陸上が6割、妖精が5割を占める。
Family24:ミルホッグのみからなる。
Family25:全28種類。エスパータイプのポケモンを多く含む。占有率が4割を超えるタマゴグループは存在しない。
ここでまず、図3の仮の有根系統樹から推察されるポケモンの仮の進化の道筋を考える。仮の有根系統樹ではメタモンのような「マシン技を一切覚えないポケモン」を共通祖先として設定したが、この理由は主に「形質の獲得をベースに進化を考える方が考察しやすい」ということであり、ミュウ祖先説を否定するものではないことを断っておく。ナマコブシの祖先とFamily2-25の共通祖先とが分岐する前に獲得されていたと考えられる技の中には攻撃技が一切含まれていない。このことは、非常に原始的なポケモンは直接他個体と争うようなことはせず、毒や混乱を用いて間接的に他個体の行動を制限する形で競争をしていたことを示唆している。しかしFamily2-25の共通祖先とナマコブシの祖先が分岐すると、Family2-25の共通祖先側で多数の攻撃技が獲得される。また、「おんがえし」という他個体との協力を示唆する技もこの段階で獲得していることは非常に興味深い。ポケモンの個体間での競争と協力を同時に強めるような選択圧が進化の初期に同時にかかっていたことが伺える。天候操作系の技である「にほんばれ」「あまごい」「すなあらし」もやはり進化の初期に獲得されているが、これらはポケモンが適応しなければならない環境そのものを変化させる技であることを考えると、ある種の環境改変能力の獲得がポケモンの多様化と繁栄をもたらした可能性がある。
続いて、得られた結果からこの系統分類手法の妥当性を検討する。妥当性の検討に際して、まずは確実に系統関係がわかっているポケモン同士の系統樹における位置付けを見る。ポケモンの中には、同じ『進化』前から分岐『進化』して別の種類として扱われるもの(ヤドラン/ヤドキング、所謂『ブイズ』など。以下、「分岐『進化』勢」)や、同一種族ではあるが性別により種類が分けられているもの(ニドキング/ニドクイン、イルミーゼ/バルビート)、リージョンフォームがあるものが存在し、これらに該当するポケモンの組は系統的に互いに最も近いと考えられる。分岐『進化』勢のうち、『進化』先の種類が互いに最も近い関係にあるのは11組(テッカニン/ヌケニンを含む)中3組であった。ただしブイズについては、シャワーズ/グレイシアとエーフィ/ニンフィアはそれぞれ互いに最も近い関係にあった。また、性別により種類が分けられるポケモンはどちらも互いに最も近い関係にあった。リージョンフォームについては、10組中互いに最も近い関係にあるものは5組であった。ただし、これらのうちFamilyを超えて互いに離れている組は『ブイズ』とラッタ/ラッタRのみであった。このような結果は、この方法による系統分類は、既に系統関係が非常に近いとわかっている複数のポケモンについて、それらのポケモンがおおよそ同じFamilyに含まれる程度の精度を有するが、Family未満の関係についての精度までは保障しないことを示唆している。次に、タマゴグループの観点から妥当性を検討する。3種類以上を含む全てのFamilyについて、全ての種類が同一のタマゴグループに属するFamilyは存在しない。従って、今回得られた系統樹は多少なりとも収斂進化が考慮されていないと考えられる。特にFamily1,13,17,26,19,22,25は占有率が4割を超えるタマゴグループが存在せず、Family5は構成される2種類のポケモンの間に共通のタマゴグループがないため、これらのFamilyについて分類の再検討を行う必要がある。ただし、Familyの中にはFamily2や4,23のように一つのタマゴグループが多くを占めるものがあり、それらについてはある程度進化の系統に現れるグループと一致すると考えても構わないと言えるだろう。ここで注意したいのは、タマゴグループによる妥当性の検討も完全なものではないということである。ポケモンの分類学を行う上でタマゴグループがどのように位置付けられ得るかについての考察は、著者の知る限りミケロ(2004)のもの以外存在せず、それもまた実在の生物との関係性を前提とした考察であるから、今回のように実在の生物とは独立にポケモンの進化を考える上では有用ではないだろう。従って、系統樹の妥当性のタマゴグループを用いた考察に先立って、タマゴグループについての新たな整理と考察が必要であると考えられる。
今後の展望として、次の3つが上げられる。1つ目は、先に述べたタマゴグループの整理と考察である。タマゴグループはポケモンの生殖可能性に密接に関連する形質であるが、その種類の少なさからそれのみで分類に用いるには不向きであった。他方、今回のような技による系統分類は妥当性を検証する材料に乏しいという問題がある。技による系統樹と合わせてタマゴグループを考察することは、両者の欠点を補いあい、ポケモンの進化について有益な視点を与えることだろう。2つ目は、新作が登場するたびに生じる技の変化がどれほどの影響をこの分類手法に与えるのかを検討することである。新技の登場によりマシン技の種類が変化することは新作が発売されるごとに起きている。また、「ソード・シールド」の発売に際しては様々な事情からマシン技の種類が変わったり、一部の技が抹消されたりということが起きた。このような変化は今後も避けられないと考えられるが、これに対して系統樹がどのように変化するのかは注目に値する。系統樹の変化の仕方によっては、現時点では判明していない「系統樹を構築する際に適した技のセット(あるいは、系統をより強く反映していると考えられる技のセット)」を解明する手がかりが得られるだろう。
補足資料(Supplementary Figures and Table)
各種ポケモンが覚えるマシン技についてのデータ表は次のリンクからダウンロードできる。
https://docs.google.com/spreadsheets/d/1rtmbCsy3xj4GIz5cKaWt3mB7IwYWpEiwAOQK1Ab-_Ps/edit?usp=sharing
また、作成した無根系統樹の全体の図は次のリンクからダウンロードできる。
https://drive.google.com/file/d/1_YaG2_R1Hyu1IX9OTi8KDyIv8NZxANq8/view?usp=sharing
それぞれのFamily内の系統関係を補足図1-17に示す。
謝辞(Acknowledgement)
この記事を書くにあたって様々なアドバイスを下さった方々、特に「マシン技を用いたポケモンの系統分類」という概念を思いつき、それを著者に教えて下さった方に感謝申し上げる。
参考文献(Reference)
池内昌彦ら監訳 『キャンベル生物学』第9版 丸善出版
https://wiki.ポケモン.com/wiki/ぶんるい一覧:『分類』について
https://www.slideshare.net/takahironishimu/ss-59418690:Nishimu(2015)による系統分類に関するスライド
http://www2u.biglobe.ne.jp/~endo-c/pokemon/pokelogy/cafetalk/class1.htm:ミケロ(2004)による分類
https://twitter.com/ikiro_pkmn/status/1238386121937018880?s=20:たかさおじさん(2020)による分類
https://www.deviantart.com/albertonykus/art/Pokemon-Phylogeny-212913205:Albertonykus(2017)による系統分類
https://www.pokemon.co.jp/whats/summary/:ポケモン公式によるタイプについての言及
https://vigne-cla.com/16-1/:Yasuda(2019)による階層クラスタリング
https://wiki.ポケモン.com/wiki/進化:『進化』について
https://www.pokemon.jp/special/moyadoga/mew/:ポケモン公式によるミュウについての言及
https://www.pokemon.jp/special/moyadoga/guide/pokemon.html:ポケモン公式によるミュウとアルセウスについての言及
https://lkmmmigapkmn.hatenablog.com/entry/2018/04/03/230958:@Ikm_mm(2018)によるポケモンと遺伝子に関する考察
https://www.pokemon.jp/special/forme/zukan02/:ポケモン公式によるリージョンフォームについての言及
https://tokitamaroku.blog.fc2.com/blog-entry-246.html:今回系統解析の対象としたポケモンのデータ元
https://www.pokemon.co.jp/ex/usum/story/171005_01.html:ポケモン公式によるウルトラビーストについての言及
https://yakkun.com/sm/:タマゴグループやポケモンの画像のデータ元
http://www.nibb.ac.jp/~tomoaki/protocols/genetree/sequence-aquisition.html:FASTA形式について
https://www.megasoftware.net:今回使用した系統解析ソフト「MEGA7」の詳細
https://wiki.ポケモン.com/wiki/タマゴグループ:タマゴグループについて
なお、いずれのWebページも最終閲覧日は2020/6/4。
追記(Postscript)
・見出しの体裁を整え、目次を追加しました。(2021/2/6)
・「補足図(Supplementary Figures)」を「補足資料(Supplementary Figures and Tables)」とし、各種ポケモンが覚えるマシン技に関する表データと、全体の無根系統樹のリンクを追加しました。(2021/2/6)
・「作成された無根系統樹はFamilymごとに分割し補足図1-17とした。」を「作成した無根系統樹はFamilyごとに分割し補足図1-17とした。また、分割する前の無根系統樹を入手できるリンクを補足資料の項目に加えた。」と書き直しました。(2021/2/6)
・図1の説明文に「この表全体を入手できるリンクは補足資料の項目に掲載した。」の一文を加えました。(2021/2/6)
以上。